ししゃもでごはん

長門さんが大好きで、明後日の方向に向かうししゃものししゃもの為のブログ
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月宮な長門さん

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前回のコメントでいただいたお題、うぐぅな長門さんです。
(Kanonというゲームのヒロインの一人、月宮あゆちゃんの格好をしています。
 「昔のことを思い出そうとしてもほとんど思い出せないんだけど、このカードだけはとっても大切な物だってわかるの」とかいうような感じです。)

ただ描くのもなんなので、のいぢ先生の絵を意識してみたんだけど……、難しいよ!!
最初に人形を作るんで絵を描いてみた時は、小説片手に描いてたんですよね。
難しくて難しくてすぐ挫折して、ネットで検索して、いろいろ絵を集めたんですよね。
(この時ヒジキさんを知ったのでした)
あれから1年。リベンジしようと思ったのですが……。
あの目が難しい。あの硬質の中にやわらかさを出すあの線はすごいです。
そしてなんか最近描く絵が、同じ構図(手まで一緒だよ!)ばっかりになってしまって反省。


そういえば、オリオン座流星群見られましたか?
わたしは2日程ベランダから一生懸命身を乗り出して見て見ましたが、さっぱりだめでした。

見えない

そもそも空が明るくて駄目ですね。
マンションの目の前が線路なんですが、ちょうど外に出た時に、点検の為の電車なのか(終電は終わっている筈)1両だけの小さな電車が、身に合わない程の眩しいライトを照らしながら走っていたり、警備員さんが深夜の点検で懐中電灯を照らしていたり、線路の向こうには、車が途切れることなく走っていたり。
どこか遠くの工場が空を照らし、地上近くの空が曇りの日の夕焼けのように、ぼんやりと薄赤く染まっていたりもしますし。
深夜2時近くだというのに、世界は動いていて途切れることがないのだなぁとか感心したりです。

ようやく目が慣れて、事前に聞いておいた「今はペガサス座がここだから、あっちの方からオリオン座が昇ってくるよ」という旦那の教え通り、教えられた方角を見つめていたんですが、マンションの他の場所の壁が邪魔して、オリオン座のリゲルと思われる明るい星や三ツ星の一部分が見えても、わたしの知識では判断しきれず、おろおろしながら見ておりました。
(天文好きな旦那は寝ちゃった)

しかしじっと空を見ていると、目がおかしくなってきちゃうんですよね。
なにせどこまでが大気圏内でどこからが宇宙かさっぱりわからず、近い星と遠い星も区別が付かず、それでもじっと見続けていると、少し雲のある空がぐるぐると回りだし、星はぼやけて、一瞬星が流れたと思っても、それが遠くの車のサーチライトが眼鏡に反射した明かりなのか、くるくると回って見える星による錯覚なのか、本当に流れ星なのかもわからなくなってきます。

宇宙怖い。というか、わたし弱い。主に視力とか頭とかが。

でもこうやってぼんやり夜空を眺めることなんてまずなくて、ちょっと面白かったです。
だけどそのうち思い始めるのは長門さんのことでw
あの長い夏に、かなりの確率で天体観測をし、宇宙を眺めていた長門さんは、何を思っていたのかなぁなんて考えたりしてましたよ。

苦しいことも悲しいことも、個すらなかった情報統合思念体の一部だった頃に戻りたいと思うこともあったんじゃなかったかなぁとかね。
情報統合思念体だった記憶はないのかも知れないけれど、赤ちゃんが母体から切り離され、漠然とした安全であり安心であった頃の記憶と、知らない事や辛く苦しいことがあると知った苦しさをごちゃまぜにしたような感情があるんではないかなぁと思ったりするのです。
それでも役割があり、それをこなすためにただ生きていかなくてはならなくて、いつかそれを終えたら楽になれるとか思ってたりはしないのかなぁと。

それは人間の生き方そのものとほとんど変わらなくて、でも人が生きていく最中には喜びや楽しみを見つけたりして、それなりに幸せになったり出来るのだから、それがSOS団の一員としていることだったり、キョンと触れあうことだったりすればいいなぁとか、寒空の下で眩暈をしながら考えたりしたのでした。

ちなみに40分くらい見ていたと思うのですが、流れ星は見えませんでした。
長キョンって3回言うつもりだったのに。
スレの人によれば(天文年間あるよなぁ、うち)、11月17日頃にしし座流星群があるということなので、その時にまたリベンジ出来たらいいな。
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